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東京高等裁判所 昭和58年(行コ)47号 判決

控訴人(被告) 後藤喜八郎

被控訴人(原告、選定当事者) 山田基春

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一双方の申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

(第一次的)

被控訴人の訴えを却下する。

(第二次的)

被控訴人の請求を棄却する。

2  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文一項と同旨

第二当事者双方の主張は、次のとおり付加、補足するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一  控訴人

1  (第一次的申立てについて)

地方自治法二四三条の二第三項所定の賠償命令を経由しない本訴請求は、訴訟要件を欠くから却下すべきである。

(1) 同法二四三条の二第一項所定の職員が金品保管の過誤又は財務会計上の違法行為により地方公共団体に損害を与えた場合、当該職員は故意又は重大な過失による場合にのみ賠償責任を負い、民法の適用は排除される(同条九項)。しかも当該職員に対しては同条所定の賠償命令を経て賠償額が具体的に確定した後でなければ同法二四二条の二第一項四号による代位請求住民訴訟を提起することができないものと解すべきである。長が賠償命令手続を怠る場合は、この怠る事実につき住民監査請求、住民訴訟等の手続を経てこれを実現することになる。

同条項に定める職員は、常時金品の保管、契約、予算の執行、会計処理等の事務に携わつているから、右事務を行うにつき過誤が生じた場合は直ちに当該地方公共団体に財産上の損害を及ぼすことが多く、この損害の賠償責任を常に当該職員にすべて負担させることは酷であるから、右職員の不安を除き安んじてその職務を遂行できるようにするため、右事務上の過誤によつて生ずる賠償責任について実体的にも手続的にも特則を設けたのである。

(2) 右「職員」には地方公共団体の長も含まれる。すなわち、地方公共団体において支出負担行為(同法二三二条の三)、支出命令(同法二三二条の四、一四九条二号、二二〇条一項)を行う権限を有するものは、通常、地方公共団体の長であるから、法二四三条の二第一項に規定する支出負担行為、支出命令を行う権限を有する「職員」とは、主として地方公共団体の長をいうものと解すべきである。そう解しなければ、右権限を特に列挙した同条一項の規定は殆ど存在意義を失うこととなる。

(3) したがつて、本件公金の支出が違法であると仮定しても、控訴人は、当時、武蔵野市長の職にあつたから、同法二四三条の二第一項の「職員」であり、その賠償責任については同条の規定が専ら適用され、同条所定の賠償命令により具体的に賠償額が確定した後でなければ、住民訴訟の対象となることはない。

2  (第二次的申立てについて)

(1) 刑事裁判である控訴人の水道法一五条一項違反被告事件(本件事件)が市長たる被告人個人の刑事責任を審判し確定させるものであることは否定できないが、刑事訴追の対象となつた行為が市長としての行政行為の性格を有し、刑事裁判の審理及び結果が市長としての行政行為の正当性を決することになる場合は、弁護人の弁護活動は、被告人個人を弁護する面だけでなく、市の行政行為の正当性を主張して市を防禦する面も併せ有している。ちなみに、機関としての市長の行政行為につき通常の民事訴訟または住民訴訟等が提起された場合、当該行為は市の行政事務に該当し、右訴訟についての弁護士に対する訴訟委任及びこれに対する公金支出は、右行政事務に基づくものとして許されている。

(2) 本件事件で審理の対象となつた事項は、

イ 「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」(本件要綱)の規定、とりわけ住民の日照に関する同意(本件要綱四―一)、教育施設負担金の寄付(同三―五)等の規定が合理性、必要性、法規適合性を有するか、

ロ 本件要綱に従わないことを理由に給水保留措置をとること(同五―二)が許されるか(水道法一五条の正当の理由にあたるか。)

ハ 控訴人が本件給水保留措置をとつた具体的理由及び水道法一五条一項の正当理由があるか、

等であつた。

これに対し市の理事者らは、次のような見解を有していた。

イ 本件要綱は、主として武蔵野市における日照保護及びこれに伴う紛争防止等のため市議会全員協議会の了承を得て制定された規制的行政指導を目的とした開発指導要綱であつて、本件要綱に定める日照に関する住民の同意、教育施設の寄付等の規制的内容を含むものであつても、地域社会の快適な環境を守り、住民の福祉と安全の保護を使命とする自治体が法律の不備を補つて緊急に行政責任を果たす必要のもとにおいて適法であり、法律による行政の原則に反しないし、むしろ合理性、必要性を有する。

ロ 水道法一五条一項は、正当の理由という不確定概念をもつており、一定の裁量判断領域を与えているから、本件要綱に従わせることが諸般の事情から公共の秩序を維持する(地方自治法二条三項一号)うえで真にやむを得ないと認められる場合、また給水契約申込者において権利濫用と認められる場合は、給水を抑制すること(本件措置)が公共に資することになるから本件措置につき水道法一五条一項の正当の理由がある。したがつて、本件事件においては、合理性、必要性を有し公共の秩序維持及び環境保全等公共に資すること多大である本件要綱に基づく行政指導の時期、内容等の具体的諸事情を考慮のうえ、本件措置について水道法一五条一項の正当の理由の有無を判断すべきである。

ハ 控訴人は、山基建設と住民との間の紛争の諸事情に照らせば、山基建設には権利の濫用があり、給水を一時保留することが公共の秩序を維持するうえで必要であるとの判断のもとに本件措置を執つたもので、これには水道法一五条一項の正当の理由がある。

(3) 本件事件の審理対象のうち、右ハは、本件要綱五―二の適用に関する控訴人の具体的事実判断、法的評価、裁量判断に関するもので直接本件要綱の効力に影響を及ぼすものではなく、これが民事訴訟の審理等に影響し、その判決の効果が市に及ぶことがあるとしても、これは最終的には控訴人個人が責任を負うべきことであるが、右イ、ロは、まさに本件要綱の合理性、必要性、法規適合性に関するものであり、本件要綱の正当性が否定されると、本件要綱に基づく市の行政指導は遂行不可能となるばかりか、過去に遡つて本件要綱に基づく行政指導の違法が問題とされるのである。そこで、市は、あくまで本件事件の審理において、本件要綱の正当性を主張し、これに基づく政策の遂行に支障なきを期さなければならないので、控訴人個人とは別個に、本件要綱と要綱行政の正当性を主張しこれを擁護する事務を伊達弁護士他二名の弁護士に依頼することとし、引用にかかる経過(訓令制定、一般会計補正予算可決等)を経て、伊達弁護士らと右趣旨を事務内容とする事務委任契約を締結したのである。

(4) 伊達弁護士らは、市との右契約の趣旨に従い本件事件において本件要綱の合理性、必要性、法規適合性及び要綱行政の正当性を主張する事務を履行し、その結果、本件事件の第一審判決は、本件要綱に基づく行政指導の有用性を殆ど評価せず、右行政指導に従わない場合の給水抑制措置につき水道法一五条一項の正当の理由の有無を判断するにあたつても、右行政指導の時期、内容等を判断資料として殆ど考慮しなかつたが、控訴審判決は、本件要綱の合理性、必要性を認め、運用よろしきを得れば十分所期の目的を果たし、公共の利益が図られるものとし、本件要綱に基づく行政指導の有用性も認め、これに従わない場合の給水抑制措置につき水道法一五条一項の正当の理由の有無を判断するにあたり、本件要綱に基づく行政指導の時期、内容等が重要な事情として考慮される旨判断し、最終的には控訴人の本件具体的行為は水道法一五条一項の正当の理由を有しないと判断したけれども、本件要綱の合理性、必要性並びにこれに基づく行政指導の有用性を認めたので、武蔵野市における本件要綱は過去に遡つても効力を失うことなく、これに基づく行政指導も容認される結果となつた。

これは、まさに市が前記三弁護士に本件業務依頼をした成果である。

なお、控訴人は、別途伊達弁護士他二名との弁護士手数料に関する契約に基づき本件事件の第一審判決後、同弁護士らに対し本件事件の弁護料として各五〇万円計一五〇万円及び訴訟費用実費を支払つた。

(5) 市は、前記三弁護士に対し乙第七号証(訓令)に記載の業務を依頼したものであるが、右記載の趣旨にかかわらず、右弁護士らに本件事件の審理対象事項につき法律上の判断を一任した上、その判断に従つて事実上及び法律上の主張をすることを委任したことになるとしても、右判断の如何にかかわらず、市の右三弁護士に対する業務委任は、市が引き続き本件要綱を正当なものとして、これに基づく行政指導を行うことにより事業主、住民らとの法律関係を安定させ、今後の行政を安全かつ円滑に進めるために必要なものとして行つたものであり、控訴人個人の弁護依頼とは別に市固有の行政上の委任目的を有するものであるから、右業務の委任は、地方自治法二条二項、三項に定める地方公共団体の公共事務に属し、本件公金の支出は同法二三二条一項に定める地方公共団体の事務を処理するために必要な経費の支出にあたる適法なものである。市が右業務依頼をしたことにより控訴人が自己の刑事事件につき控訴人に有利な結果となつても、それは反射的利益に過ぎない。

(6) (予備的主張の補足)

市が本件事件において本件要綱と要綱行政の正当性を主張することは、市にとつて公益性、必要性があるから、そのための本件公金の支出は、補助金としての性質をも有している。本件公金の支出については市補助金等交付規則所定の手続がとられていないが、補助金としての性質と根拠があるかぎり、その交付そのものが違法となることはない。

二  被控訴人

1  (第一次的申立てについて)

地方自治法二四三条の二第一項の「職員」には普通地方公共団体の長は含まれず、したがつて民法七〇九条等を賠償責任に関する実体的根拠として地方自治法二四二条の二により住民訴訟を提起することができると解すべきである。

2  (第二次的申立てについて)

(1) 本件事件の被告人は市ではないし、その審理の対象も本件要綱及びこれに基づく行政の当否ではなく、被告人は控訴人で、その審理の対象も控訴人の刑事責任の有無である。控訴人は、本件事件において無罪の根拠として本件要綱の正当性を主張しているようであるが、その主張は、帰するところ控訴人本人の弁護のためにほかならない。たとえ、その主張が武蔵野市の利益になるとしても(法律でも条例でもない単なる指導要綱を楯に「住民の同意」と「負担金」と称する一定の「寄付金」を義務づけ、これに従わなければ、合法建物が完成しても水道供給の申込みすら拒否し、下水のマンホールを生コンで封鎖して使えないようにする行政が終局において武蔵野市の利益になるものとは思われない。)、本件事件は、市の刑事責任や市の行政の当否が直接審理の対象になつていないのであるから、本件事件での弁護士の活動が地方公共団体の事務処理にあたるとは到底いえない。

(2) その余の各主張を争う。

第三証拠〈省略〉

理由

第一控訴人の本案前の抗弁について

普通地方公共団体の長は地方自治法(以下、単に条文のみを示す。)二四三条の二所定の「職員」には含まれず、したがつて長の同団体に対する賠償責任については、同条とは無関係に、二四二条の二所定の要件及び実体法規に従い、同条一項四号の住民訴訟を提起できると解すべきである(最高裁判所昭和六一年二月二七日判決)。

なお、二四三条の二第一項後段一号の「支出負担行為(二三二条の三)」及び二号前段の「第二三二条の四第一項の命令(支出命令)」は、地方公共団体の長のなすべき代表的行為であるから、形式的には、地方公共団体の長が右「職員」に含まれると解釈する余地があるとしても、同条の沿革及び趣旨並びに同条三項以下に長の監督権に基づく賠償命令の制度が置かれている点、更に長の職責の特殊性(その職責が広範かつ重要であるだけに、出納職員等とは別の取扱をされてもやむを得ず、他面、過失等の実体的要件についても長に対する具体的観点から判断されるべきである。)にかんがみ、前記のとおり解するのが相当であり、前記形式的に地方公共団体の長の行為に当たると考えられる規定部分は、長の補助機関たる職員が長の委任に基づき、あるいは臨時に長を代理して当該行為を行つた場合(一五三条)、その他の理由により長以外の職員が当該権限を有する場合、あるいは主として同法条号所定の「権限に属する事実を直接補助する職員」に適用する点に右規定の意味があるものと解さなければならない。

しかして、被控訴人の本件請求は、武蔵野市の市長であつた控訴人の本件公金の支出に関するものであるから、二四三条の二につき右と異なる解釈を前提とする控訴人の本案前の抗弁は、理由がない。

第二本案について

当裁判所は、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正、付加するほかは原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。

1  原判決二一丁表三行目の「手続に過ぎないことは明らかであるから、」を「手続であつて、本件措置が行政の執行行為であるにせよ、これを主導した控訴人自身の所為が起訴されたのであるから、」と改め、同四行目末尾の次に「このように行政の執行自体を抑制するような市長の起訴は異例のことと思われるが、このことは、控訴人が行政指導の過程で給水留保ないし拒否という強硬手段を発動したことの重大性に基づくのであり、もとより本件要綱全体が指弾されたわけではない。このことは、成立に争いのない甲第七号証(論告要旨)でも明らかである。」を加える。

2  同二一丁表九行目の「本件事件」から末行の「しても」までを「成立に争いのない乙第九四、第九六、第九七号証によれば、本件事件において弁護人らは、控訴人の所為につき水道法一五条一項の「正当の理由」があること、違法性が阻却されること等を主張し、その根拠として本件要綱及びこれに基づく行政の正当性を論じたこと、第一審(昭和五九年二月二四日宣告)、第二審(同六〇年九月二〇日宣告)とも、これらの点に詳細な判断を加えた上、結局弁護人らの主張を排斥して控訴人に有罪判決をしたことが認められ、この経過からみても、」と改める。

3  同二一丁裏末行の「当事者ではないのであるから、」を「被告人となつているのではないし、また前記民事訴訟は刑事事件である本件事件とは対象が異なるのであるから、」と改める。

4  同二二丁表二行目末尾の次に次のとおり加える。

「ただ、本件事件において、間接にでも本件要綱及びこれに基づく行政の合理性等を否定する判断がなされた場合には、武蔵野市の本件要綱に基づく行政に直接影響を及ぼすであろうことは前記(引用説示)のとおりであるから、市が右行政方針を維持しようとすれば、本件事件につき有利な判断がなされることを希求し、そのために出来うる限りの努力をするのは当然ともいえるけれども、本件事件があくまで控訴人個人の罪責を問う刑事裁判である以上、参加制度のある民事裁判と異り、市がその利害関係に基づき控訴人の弁護活動をすることは許されず、本件事件における弁護は、所詮、被告人たる控訴人の弁護でしかあり得ないというべきである。そして本件公金の支出が右弁護そのものに対する手数料であることは明らかであつて、それ以外の業務委任費であるかのような控訴人の主張の一部は、単なる弁明にすぎない。」

5  同二三丁裏五行目の「相当でない。」の次に「更に、これを実質的な補助金としての支出とみても、前段説示のところから考えて、その支出は違法というほかはない。」を加える。

6  同二四丁表二行目の「あるから、」から三行目の「らない。」までを次のとおり改める。

「あつて、控訴人は、自己の刑事事件に関連して、本件公金につき自ら補正予算を組み、所定の手続を経て昭和五四年四月一三日に三弁護士に対する着手金として(乙第一ないし第三号証)本件公金を支出しているものであるが、前掲乙第七号証によれば、控訴人は、ことさら訓令によつて本件事件の弁護費用を市が負担することを各部長に示達したことが認められ、また成立に争いのない甲第二号証、第二〇号証、前掲証人小山茂、証人土屋正忠の各証言を総合すれば、引用説示にかかる補正予算の市議会における審議で土屋議員は、右弁護費用の公費負担に反対の討論をし、他にも少数の反対者があつたが多数で可決されたこと、また本件公金の支出以後ではあるが、本件についての監査結果においても、右支出につき婉曲ながら疑義を示し、市長(控訴人)に対し慎重配慮を要望したことが認められる。そうすると、本件公金の支出は当時市の内部でも問題意識があつたことが伺われ、また市長自らの刑事弁護費用を市に負担させることは一般には考えられないことから考え、控訴人は、個人が刑事被告人になつている現実に対し的確な認識を欠き、誠実に市の事務を管理し執行すべき注意義務に違反して前記違法な本件公金を支出したもので、控訴人には過失があつたものというべきであり、また議会の議決や合法的な支出手続も違法支出の責を免れさせるものではない。」

第三してみれば、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小堀勇 吉野衛 山崎健二)

選定者目録〈省略〉

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